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中学受験を終えた君へ。

いつもご覧いただきありがとうございます。 今回はいつもと趣向を変えて、中の人の中学受験の体験談をお話ししようと思います。 結論から言ってしまうと、中の人もこの記事を読んでいただいている皆さんと同じように中学受験を経験し、そして第1志望、第2志望の学校に不合格となって、第3志望の学校に進学しました。

世の中には中学受験の様々な体験記がありますが、そのほとんどは見事志望校に合格された方の成功体験に焦点が当てられています。 落ちた子に体験談を聞くのは酷だという事情が大きいですが、一方で「受験の失敗=人生全体における取り返しのつかない失敗」と過大解釈されがちな気もしています。

そこで今回は、なかなか日の当たることのない「失敗した人間の体験談」をご紹介します。そして、「失敗」した人間のその後についてもご紹介しますので、ぜひ最後まで読んでいただけると幸いです。

塾と学校と家の往復だった3年間の受験生生活

中の人が受験勉強を本格的に始めたのは小4のころからです。 自分から「受験をしたい」と言い出して塾に通い始めました。 入塾当時のクラスは一番上。幸いなことに受験終了まで同じクラスに在籍していました。

塾での勉強は学校のそれと比較して進度も早く、内容も難しいです。 しかも、周りの友だちの発言の一つ一つがとにかく賢い。 好奇心が強い少年だった中の人にとっては、学校の授業の何倍もハイレベルな毎回の授業が楽しくて仕方がなかったのを覚えています。 気づけば学校の友だちと遊ぶことが少なくなり、学校から家に帰ったら塾に行って授業を受けるか、塾の宿題に没頭するかのどちらか、という生活に変わっていきました。

学年が上がって月日が経つと、周りの友だちとも志望校の話になります。 もともと学力の高い学校に行きたいと思っていた中の人は、都内のある御三家の学校を第一志望校にしました。

成績のネックになった算数

そんな中の人の成績は、とにかく算数が足を引っ張る状態でした。 国語、理科、社会の3科目は偏差値が70近くあったのに対して、算数ただ一つだけ60程度(おそらく受けていたテストの性質上、偏差値が高く出やすかったのだとは思いますが)。

今振り返ると「特定の単元(速さ、平面図形、場合の数......)が苦手」というよりは、

  1. どの単元も難しい問題になると一気に手も足も出なくなる
  2. 問題を深く読んでおらず、早とちりや思い込み、条件忘れが多い

というふたつの課題がありました。

特に6年生になって志望校別の特訓を受けるようになると、その傾向が顕著に出るようになります。 授業内の演習でも他の科目はそれなりに得点できていたのに、算数だけ2割程度(しかも部分点ありで)しか取れず、毎回算数の演習だけ憂鬱でした。 また、第2志望の学校の過去問演習でも、国・理・社の3科目が7割近くあったのに対して、算数だけ4~6割を行ったり来たりしていました。

それでも直前期に入ると、2つ目の早とちりや思い込みは少しずつ減っていきました。 これは受験が近づいて、意識レベルが上がったことが大きいのかもしれません。 そこで算数ではうまく最低ライン(5割程度)を取って、残りの科目で得点を稼ぐ戦い方で本番に臨みました。

本番当日に頭が真っ白になる

そんな状態で迎えた本番では、2月1日に第1志望、2月2日に第3志望、2月3日に第2志望の学校を受けました。 幸い2月1日、2月2日は大きなトラブルもなく(しいて言えば第1志望校の国語の出題傾向が少し変わったくらいです)、自分としてはやることをやり切りました。

そして迎えた2月3日。この日は第1志望校の合格発表を控えていたので、第2志望の学校を受けてその足で合格発表を見に行くことになっていました。 そのせいか気持ちの上で少し浮ついており、1科目めの国語で初日の学校の受験番号を書いて訂正させられる始末でした。

次の科目は算数、ここで事件が起こります。 この日の算数が大問5つだったのですが、大問1の計算から頭が真っ白になってしまったのです。 どの問題を見ても問題文が頭に入ってこないし、何をすればいいのかも分からない。 とりあえずわかりそうな問題を見つけて「解答欄を埋める」、まさにそんな状態だったと思います

気づけばあっという間に算数の時間が終わり、この時点で第二志望校の不合格を確信しました。 おそらく本番の出来が過去最低なのは自分でもわかっており、残りの理社で2科目とも満点を取らない限り埋め合わせができないことをわかっていたからです。

こうして最悪の感触のまま、そして「多分失敗した」と親に言うのもはばかれる状態で入試を終え、第一志望校の合格発表に向かいました。

不合格という現実

第1志望校につくと、合格者の受験番号がすでに張り出されていました。 そして、自分の番号がないとわかり、横にいた母が号泣していました。 当の自分は正直涙もなくて、「あー……終わった」という気持ちと、横の母をどうしようかという気持ちと、いろいろな気持ちがごちゃごちゃになっていました。 ショックだったかって?失敗してショックを感じない子どもなんて、だれ一人いないでしょう。

そして翌日の第2志望校の発表も、予想通りダメでした。 というわけで、自分の平均偏差値から考えると10近く下の第3志望校に進学が決まり、中の人の中学受験は終わりました。 人生には挫折がつきものと言われますが、中の人にとっては中学受験が初めての挫折でした。

結果的に自分に合っていた進学先の学校

さて、中の人の体験談にはまだ続きがあります。そう、中学に入学してからの話です。

入学してからわかったことですが、中の人の母校はそれなりに大学入試の実績がでていました。 コンスタントに東大や一橋、東工大、他の旧帝大や国公立医学部(医学科のみ)にそれぞれ10名程度の合格者を出しており、早稲田は100名超、慶応も80名程度と、入学時の偏差値を考えると悪くない実績だったのです。

そして、学校の方針として「文武両道」を掲げており、勉強だけでなく部活や課外活動も頑張ることが奨励され、中の人も高3の6月まで部活動に精を出したり、有志で映画を作って文化祭に出展したりしました。 しかも、学校の先生方が受験指導にも力を入れてくださったので、中の人は予備校に通うことなく受験勉強に取り組むことができました。

こうした環境が自分にとってはよかったのか、6年間の学業成績は上位10%をキープできました。 そして、大学受験は100%成功ではないものの、早稲田大学に進学しました。 中学受験では「失敗」しましたが、入った学校の中で自分を成長させることができたので、今振り返るとこの学校に進学してよかったと思います。

最良の人生は自分でつかむもの

さて、中の人の体験談を話し終えたところで、中学受験を終えた皆さんに伝えたいことがあります。

みなさんはきっと中学受験に向けてたくさん努力をしてきたはずです。 そして、努力に対する結果が出て、この上なくうれしい人も、逆に中の人のように大きな挫折を感じた人もいるでしょう。 特に、自分の努力が報われない結果を受け入れるのは時間がかかります。

それでも、まずは頑張ってきた自分を認めてあげましょう。 他人がどう思っているかは一旦置いておいて、自分なりに頑張ったことは事実なはずです。 そして、報われなかった悔しさも、逆にうまくいって有頂天な気持ちも全て、次のステージである中学生活にぶつけてください。

そしてもうひとつ、中学受験に失敗しても、努力を続ければ未来は拓けます。 中学受験に失敗した人間が言っているのですから間違いないです。

中学受験でうまくいった人もそうでない人も、その先に続く中学3年間はその経験全てが宝物になる時期です。 未来の可能性を開くのはこれからの自分であり、努力次第では大人でも気づかないような面白い未来を切り開くことだって可能です。

だからこそ、前に広がる未来を見て、中学・高校生活を思う存分楽しんでください。 勉強に部活、課外活動、友だちと遊ぶ時間も、もしかしたら恋愛もかな? 泥臭くても全てに一生懸命になれば、きっと楽しいはずです。

受験を戦い終えたあなたに幸あらんことを願って、ここで筆をおきます。